カテゴリー:地域で医療する楽しさ 更新日時 2018/06/01
治らない病や進んでいく障害と向き合うことは苦しい。
年を取るということは、究極、いのちの終わりに向かって、進んでいく障害を受け入れつつ生きることに他ならないとさえ思える。ましてや認知症や神経難病はそれに倍するスピードで障害が増えていくのだから、患者さんやご家族はどれほど辛く、情けないことかと思う。
だから、医療や介護に関わる者たちの使命はいかにその辛さを減らし、生きやすい状況を作り出し、自立した生活ができなくなっても、生きて今日の日を迎えることができて良かったと思っていただく事なのではないだろうか。
何週間か何ヶ月かあるいは何年かの単位で人(私自身も)はできることが少しずつ減っていく。旅行が好きだった人が旅行に行けなくなくなり、外に飲みに行くことも外食することもできなくなる。運動が好きだった人が、運動ができなくなり、散歩が難しくなり、家の中でも転ぶようになる。食事も家族と同じ食事を食べることが困難になり、むせるようになり、胃瘻の提案を受けるようになる。
一つずつ一つずつ、時間をかけて、ゆっくりと喪っていく喜びや希望やあたりまえの日々、つまり自立と自律を喪い、いつの日か人(家族や専門職)にいのちと暮らしを委ねなくてはならなくなっていくそのとき、私たち医療や介護の本来的な役目が生まれてくる。
それは、私たちが患者さんやご家族の辛さにおもいをいたし、その人が喪ったであろう日々の喜びや「にもかかわらず」生きているいのちの重さを受けとめることではないだろうか。
そして多分、それは特別なケアを行うことではなくて、ケアをする相手の自律や尊厳を尊重し、日々のケアの中で、「このケアが私がこの方に行う最後のケアになるかもしれない」というおもいをこめて、丁寧なケアを行うことなのだと思っている。
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